世界が注目する「日本の現代建築」に潜む「遺伝子」とは? ( 建築デザイン )

世界が注目する「日本の現代建築」に潜む「遺伝子」とは?

6/25(月) 10:42配信

 

 「建築」の展覧会を見に行ったことはあるだろうか。建築展が日本の一般的な美術館で開催されることが珍しくなくなったのは、この10年ほどのこと。

 例えば昨年から今年にかけて、東京国立近代美術館で「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」(2017年7月19日〜10月29日)、国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」(2017年9月27日〜12月18日)、東京ステーションギャラリーで「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」(2018年3月3日〜5月6日)が開催された。現在は東京・六本木の森美術館で「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」が開催中だ。

 展覧会名を見て、「建築の日本展? 日本の建築展ではなく?」と思った人もいるだろう。森美術館の南條史生館長は「建築が強い日本、建築は現在の日本を代表する文化、という思いをこの展覧会名に込めた」と語る。

■遺伝子を読み解く9つのキーワード

 日本が建築に強いことは事実だ。

安藤忠雄

隈研吾

伊東豊雄

槇文彦

谷口吉生

SANAA妹島和世+西沢立衛)、

坂茂

といった建築家が国際的に活躍し、評価も高い。建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」の受賞者は、アメリカ国籍の建築家に次いで日本人建築家が多く、1987年の丹下健三を皮切りに、これまでに6回7名が受賞している。

 日本の現代建築は、明治時代の初めにヨーロッパから輸入された「アーキテクチャー」を礎とする。東京駅や日本銀行本店の設計者として知られる辰野金吾はヨーロッパに官費留学し、帰国後は東京帝国大学で建築を教えるとともに日本の建築家のパイオニアとなった。今は海外から、日本の建築家のもとで経験を積もうとする若人が絶えない。維新後150年の間に、日本の建築は世界の先頭集団に加わるまでになったのだ。

 「丹下健三の登場を機に、日本の現代建築は世界の先端に躍り出て今にいたるが、それが可能になったのは、日本の伝統的建築の遺伝子が、建築家本人の自覚の有無とは別に、大きく関係している。たとえば、空間の感覚とか、柱と壁による木の構造とか、内外の区分とか」

 「建築の日本展」の監修にあたった建築史家・建築家の藤森照信氏は、こう述べている。

 どんな「遺伝子」か。日本の伝統的な建築と近現代の建築からそれを読み解こうというのが同展の趣旨だ。そのためのキーワードとして「可能性としての木造」「超越する美学」「安らかなる屋根」「建築としての工芸」「連なる空間」「開かれた折衷」「集まって生きる形」「発見された日本」「共生する自然」という9つの特質を挙げている。

 「遺伝子というキーワードは企画の初期からありました」と話すのは、同展企画者の1人である森美術館建築・デザインプログラムマネジャーの前田尚武氏。また、同じく企画者である建築史家、大阪市立大学大学院工学研究科准教授の倉方俊輔氏は、「『日本の建築は○○である』と考えたときに、述語として入るものをキーワードにしました。それが『遺伝子』。これは展覧会のコンセプトでもあります」と話す。

 同展は会場を9つのキーワードごとに「章立て」し、近現代の建築を中心に、古建築を含めて100のプロジェクトを模型や写真、資料など約400点で紹介している。9章は順を追うものとはせず、パラレルに構成。かつ、各章で紹介するプロジェクトも時代や様式にとらわれず、例えば古建築と現代建築を並べて展示するなどしている。比較することで古代から現代に通底する「遺伝子」を意識させ、最後に9つの特質が来場者の頭のなかでつながり、日本の建築という像を結ぶことを目指した。

 倉方氏は、「『遺伝子』という言葉には当初、受け入れられない気持ちもありました。逃れられない優劣のようなニュアンスからです」と明かし、「ただし、今回のコンセプトをこれほど明瞭に示すものはないので、うまく扱うように心がけました」と続ける。建築展では展示品を時系列に並べ、1つの大きな流れで見せる構成が多いが、今回それを避けたのも「遺伝子」という言葉に起因するところが大きい。

 「良くも悪くも逃れられない単一の『日本的なるもの』を求めようとする旧来の姿勢は窮屈ですし、未来の創造も刺激されないでしょう。近現代に建築を考えた人々こそが、この地の建築に潜在していた可能性を見いだしたのです。そんな開かれた過去を知り、継続する一助となりたいと考えたときに、パラレルな構成が発案されました」

■鳥居を参考、コンクリートで表現

 パラレルとはいえ、日本建築の基本的な知識を最初に供する必要があると、展示は「可能性としての木造」のセクションから始まる。日本建築といえばまず木造というのは、誰も異論がないだろう。来場者を入り口で迎える《ミラノ国際博覧会2015日本館 木組インフィニティ》は、2015年に開催されたミラノ国際博覧会で日本館のファサードに採用された立体木格子の再現展示だ。美術館の高い天井を活かし、高さは5.3m。釘や金物を使わずに組み上げている。

 この立体木格子は、ミラノ万博日本館の建築プロデューサーを務めた建築家の北川原温氏が考案した。法隆寺など日本の伝統的な木造建築は、木の「めり込み作用」を活かした継手(つぎて)・仕口(しぐち)という手法によって成り立っている。その作用を解析・応用してつくったこの展示は、伝統の木造文化と現代の技術が融合したものといえる。

 巨大な門さながらのその立体木格子を通り抜けると、目に飛び込んでくるのは、《会津さざえ堂》や《古代出雲大社本殿》《東大寺南大門》《厳島神社大鳥居》などの古建築。さらに、建築家の磯崎新氏が1962年に提案した《空中都市 渋谷計画》、隈研吾氏の設計により2010年に竣工した《梼原 木橋ミュージアム》、故・菊竹清訓氏の設計により1964年に竣工した《ホテル東光園》といった現代建築の模型や写真だ。一角には大工棟梁に受け継がれてきた秘伝の木割書も展示されている。

 鉄骨鉄筋コンクリート造の《ホテル東光園》が、なぜ「木造」のセクションに入っているのか。この建築は《厳島神社大鳥居》を参考に、木造の架構をコンクリートで表現しているからだ。《空中都市 渋谷計画》も《東大寺南大門》に感化されている。また、この計画案は「メタボリズム」(新陳代謝という時間的な概念を導入することで、可変性や増築性に対応した建築・都市空間を提示した)という日本発の建築運動から生まれたもので、メタボリズムの『代謝』や『循環』という思想は木造文化が育んだと見ることもできる。

 《梼原 木橋ミュージアム》は鉄骨柱を用いつつ、かつての「刎橋(はねばし)」の架構形式を採用し、木造建築の軒を支える「斗栱(ときょう)」という伝統的な表現を発展させ、刎木(はねぎ)を何本も重ね、木の組積造(そせきぞう)のように全体を形づくっている。先述の立体木格子と同じく、伝統の木造文化と現代の技術の融合だ。

■解説を読むより展示物と向き合って

 このように、本展は「コンセプトありき」の構成だから、倉方氏は企画の際、「一番にコンセプトの強さを、次に展示物そのものの強さ」を意識した。

 展示物の強さを意識したのは、会場が森美術館という現代美術を扱う美術館だからだという。

 「現代美術の美術館では、作品そのもののオーラをまず感じることができる。そのために美術館側は来場者が直感的に見ようと思う、あるいは解説を読まなくても伝わる、強度のある作品を展示します。その感覚を建築展に取り入れようと思い、展示物の選定では強度があることを重視しました。その結果、プロジェクトとしては入れたかったけれど、展示物に強度がなくて落としたものも結構あります」

 国内で開催される建築展では多くの場合、展示物と対峙するよりも、作品解説を読むことに時間が取られる。

 「これなら図録を買って帰ればいい、つまらない、と思っていました」

その不満が、展示物の強さを意識させた。

 前田氏も、「各章の最初にあるコンセプトの解説文は、いつもより短くしています。これを読み、壁面の上部に大きく掲示した言葉を見るだけで、納得して先に進めるように会場デザインを考えました。各プロジェクトの解説は、興味があれば読む程度で大丈夫です」と話す。

 プロジェクトの解説も、コンセプトに関する内容に絞っている。

 「1つの建築には様々な要素が積層されています。建築展の多くは、その要素を全て解説しようとする。特に建築家の個展は、総体的な解説になりがちです。本展はそこを割り切りました。出展者は、それだけで語ってほしくない、と思っているかもしれませんが、代わりに特徴や特質が浮き彫りになっているはずです」

■建築は抽象概念

 建築展が美術展と大きく違うのは、実物を展示できないことだ。「体験としてはもちろん、実物を見るに勝るものはありません」と前田氏。

 「しかし、展覧会の長所として、新旧の建築、あるいは場所の離れた建築同士を、ある文脈で結びつけて一緒に見せることができる。こうした比較展示は、美術展では珍しくありませんが、今回はこれを建築展で試みました。そこから想像が広がり、現地に行ってみようと思うこともあるでしょうし、現地に行ったときに基礎知識を持って実物を見るのは、ただ見るのとは全く違います」

 倉方氏は「それに建築展は『建物』展ではない。実物を展示できないことは制約になりません。建築、すなわちアーキテクチャーはそもそも抽象概念なのです」と話す。

 「だから、ある解釈が次の創造を生む土壌になると考えています。スケッチや模型もそうですし、壁面の上部に掲示した建築家の言葉すらも、解釈された建築の一部、展示の1つと捉えています。

 建っているものを建築として眼差しを向けることは、現代の多文化社会に必要な教養への近道であるはずです。人間の才能はもとより、つくられた当時の社会が求めたものや、当時の生産のあり方なども知ることができる。建築という視点から、異なる時代や地域の文化が総合的に見えてきます。海外では日本以上に、建築が美術と同じような素養であるのもそのためです。そんな建築という概念を多くの方々に身近に感じていただきたい。本展にはそんな思いも込めています」

 実は、建築という概念は、明治時代にヨーロッパからもたらされるまで日本に存在しなかった。しかし、建物をつくるという行為はもちろん、それ以前から現在まで連綿と繋がり、その歴史は大工や職人が培ってきた。本展では日本の建築文化の一面として、そうした面にも光を当てている。

■茶室《待庵》の再現展示の背景にあるもの

 建築展では名建築の「原寸大での再現」が体験型展示の目玉になることが多い。本展でも「建築としての工芸」のセクションで、茶室《待庵》が原寸大で再現展示されている。《待庵》はご存じの通り、千利休の作と伝えられ、京都・妙喜庵にある。現存する茶室建築としては日本最古で、国宝だ。実際の《待庵》は外から眺めることしかできないが、本展の原寸レプリカは内部に入り、わずか2畳の茶室空間を体感することができる。

 このレプリカの制作は、ものつくり大学の学生と教職員が手掛けた。用いる材料は当時にならい、例えば300本以上の和釘は鉄を鍛錬して手づくり。土壁や小舞(こまい)、掛込天井なども、実測図や文献をひもときながら忠実に再現している。埼玉県行田市にある同大学は、建設業や製造業の実務の現場で活躍できる技術者・職人の育成を目指して設立され、理論より実学を重視した教育を行っている。

 「建築展の場合、体験型展示は一から制作しなければなりません」と前田氏。「それなら、ただつくるのではなく、ストーリーを持ったつくり方をしたいと思い、ものつくり大学に制作を依頼しました。今の時代に同大学のような教育が行われていること、そこから見えてくるものも一緒に伝えたかったんです」(前田氏)

 英語では「ビルディング」に当たる分野だ。日本ではアーキテクチャーの訳語である「建築」にものづくりの意味合いも含むが、欧米では両者を区別し、実践的な意味合いではビルディングを使う。倉方氏によると、アメリカにはアーキテクチャー・ミュージアムとは別にビルディング・ミュージアムがあり、そこではツーバイフォー工法の展覧会が開催されていたりするという。アメリカで生まれたツーバイフォー工法は、木造住宅のつくり方の1つ。施工が容易で、熟練の技術を要せず、倉方氏の言葉を借りれば「民主的」なつくり方だ。

 「15〜16年前にアメリカを訪れたとき、建築の展覧会が多く開催されていることに感銘を受けたのですが、その1つにアメリカで発展したツーバイフォー工法の展覧会がありました。その経験から、ヨーロッパのように建築が美術の1つのジャンルと位置付けられていない日本で企画する建築展なら、建築の抽象概念だけではなく実践についても見せるべきだろうと思ったのです。ものづくりの部分で頑張ってきた人がいたから、『建築の日本』が実現したのですから」

■軸組あっての日本建築の空間性

 ものづくりのストーリーを織り交ぜた再現展示は、「連なる空間」のセクションにもある。《丹下健三自邸》の1/3スケールの木造模型だ。

 これを制作したNPO法人おだわら名工舎は、神奈川県小田原市を拠点に、宮大工や林業組合などが参加し、伝統工法に通じた職人の育成や技術の継承を目的に活動している。宮大工がつくった模型は実に精度が高く、日本の建築文化を支える一面を確かに伝えている。

 1/3という大きさは、来場者が自身の体を投影しやすく、中に入ることはできなくても、空間をリアルに感じることができる。また、制作側も1/3なら、いつも使っている道具で、いつもと同じように継手や仕口をつくることができるという。制作過程では、工場で仮組みした部材をトラック1台で運び、ビルのエレベーターでの搬入も1回で完了。会場での組み立ては3日かかると予測していたが、1日半で終わった。

 「日本の木造家屋は、上棟までは早い。丹下邸くらいの規模なら、実際にも躯体は3日くらいでつくれるでしょう。これは重要な意味を持っていて、日本は地震が多いのに、ずっと木造だったのは、3日でつくれるからだと思いました」と前田氏は語る。

 「木材は地震で折れても、折れた部分を継ぐなどして補修し、再び住める状態に戻せる。建具も嵌っているだけ。寺社が何度も再建しているのは、木造建築のつくり方がシステマティックだからなんだなと」

 丹下邸は、桂離宮ル・コルビュジエが設計したサヴォア邸を再解釈したものとして建築史に名を残す。この模型を見ると、柱と梁による「軸組」の構造形式がよくわかる。これは日本の建築文化の最大ともいえる特徴であり、西洋建築と決定的に違う点だ。

 前田氏は、「日本の建築の空間性は軸組から始まっています」と話す。それがよくわかるのが、ライゾマティクス・アーキテクチャーが、本展のために制作した映像インスタレーション《パワー・オブ・スケール》だ。最新技術のレーザーファイバーと映像により、日本の様々な建築空間を原寸再現。それらのスケールを体感することで、日本の建築特有の空間性にも理解が及ぶ。

 ライゾマティクスはメディア・アートの分野で世界を牽引するクリエイティブ集団だ。その代表である齋藤精一氏は、東京理科大学アメリカのコロンビア大学で建築を学んだ経歴を持つ。この《パワー・オブ・スケール》は、《待庵》や《丹下健三自邸》と合わせて本展の見どころで、来場者の人気を集めている。

 建築展というと、専門的で難しいというイメージを持つ人もいるかもしれないが、この展覧会は門外漢も楽しめる展示が多い。本稿では各セクションの一部しか紹介していないので、ぜひ自身の目で見て、倉方氏が言うように「体に直に訴えかけてくる」ものを感じてほしい。思い切ったキュレーションがなされた本展は、通史的な観点では抜け落ちている部分もあるが、日本の建築の特徴、さらには文化的・社会的・技術的な創造物としてのアーキテクチャーという概念への理解を深める場になるはずだ。

 

建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの

会場:森美術館六本木ヒルズ森タワー53階)

会期:2018年4月25日〜9月17日 ※会期中無休

開館時間:10:00〜22:00  ※毎週火曜日は17:00まで ※入館は閉館の30分前まで

長井美暁

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180625-00543879-fsight-soci